東京高等裁判所 平成7年(ネ)1465号 判決 1995年12月21日
控訴人
齋藤千寿
同
小塩喜八朗
同
物部多巳代
右三名訴訟代理人弁護士
物部康雄
右訴訟復代理人弁護士
山﨑克之
被控訴人
株式会社さくら銀行
右代表者代表取締役
橋本俊作
右訴訟代理人弁護士
株尾翼
同
志賀剛一
同
森島庸介
同
澤田和也
同
飯田藤雄
同
松野豊
被控訴人
野村證券株式会社
右代表者代表取締役
酒巻英雄
右訴訟代理人弁護士
木村康則
同
磯谷文明
同
本橋一樹
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人株式会社さくら銀行は、控訴人らに対し、各金八七〇万三一〇七円及び内金八三九万三七八二円に対する平成六年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人野村證券株式会社は、控訴人らに対し、各金二六一万五一八三円及びこれに対する平成六年九月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
五 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 申立
一 控訴人ら
主文同旨
二 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
第二 事案の概要
一 本件は、亡小塩照雄(以下「照雄」という。)の相続人七名のうち控訴人ら三名の者が、照雄の相続財産である同人の被控訴人らに対する別紙第一債権目録記載の各預金の払戻請求権及び同第二債権目録記載の預託金の返還請求権を共同相続したとして、右請求権に基づき、控訴人ら三名の各法定相続分に相当する金員の支払をそれぞれ求めた事案である。
二 争いのない事実
1 照雄は、平成五年二月一〇日死亡したが、生前、被控訴人株式会社さくら銀行(以下「被控訴人さくら銀行」という。)との間で、別紙第一債権目録記載の内容の各預金契約(以下、併せて「本件預金」という。)を、被控訴人野村證券株式会社(以下「被控訴人野村證券」という。)との間で別紙第二債権目録記載の内容の金銭預託契約(以下「本件預託金」という。)を、それぞれ締結した。
2 照雄死亡による相続関係は別紙相続関係一覧表記載のとおりであり、同人の妻小塩君代、同人の子の小塩照八郎、小塩美紀子、控訴人齋藤千寿、同小塩喜八郎、同物部多巳代及び小塩恵子の七名が照雄を相続した。控訴人ら三名の法定相続分は各一二分の一である。
3 照雄の被控訴人さくら銀行に対する本件預金の元本合計額のうち、右法定相続分に相当する一二分の一の金額は八三九万三七八二円(円未満切捨て)である。また、本件預金の満期までの利息合計額の一二分の一は三〇万九三二五円であり、その元利合計額は八七〇万三一〇七円である(甲九参照)。
照雄の被控訴人野村證券に対する本件預託金の右法定相続分に相当する一二分の一の金額は二六一万五一八三円(円未満切捨て)である。
4 なお、事情として、被控訴人さくら銀行は、平成六年四月一九日、国税徴収法に基づく滞納処分として名古屋国税局大蔵事務官高島望から、本件預金のうち、滞納者小塩君代につき二分の一の、同小塩恵子につき一二分の一の各差押えを受け、同月二〇日、右高島に対し、利息分を含めて小塩君代につき五二二一万八六四三円を、小塩恵子につき八七〇万三一〇七円をそれぞれ支払い、また、被控訴人野村證券は、同月一九日、右高島から、本件預託金のうち、滞納者小塩君代につき二分の一の、同小塩恵子につき一二分の一の各差押えを受け、同月二〇日、右高島に対し、小塩君代につき一五六九万一〇九九円を、小塩恵子につき二六一万五一八三円をそれぞれ支払った。
三 争点
1 相続人が数人あり、その相続財産中に銀行に対する預金債権及び証券会社に対する預託金債権がある場合において、相続人は、共同相続人間の遺産分割協議の成立又は相続人全員の同意に基づかずに、相続分に応じて個別にその払戻し又は返還を請求することができるか。
2 照雄は被控訴人野村證券に対し、後記「野村の総合取引約款」を締結した際、照雄の相続人が本件預託金の返還請求をする場合に、遺産分割協議の成立又は相続人全員の同意に基づかなければ、これを訴求することができない旨別段の意思表示をしたか否か。
四 控訴人らの主張
1 本件預金の払戻請求権及び本件預託金の返還請求権は、相続により法律上当然に法定相続分に応じて各相続人の個別債権に分割され承継されるものである。したがって、被控訴人らは、控訴人らに対し、右各債権につき控訴人らの法定相続分各一二分の一に相当する金員を支払う義務がある。
2 よって、控訴人らは、被控訴人さくら銀行に対し、預金払戻請求権に基づき、本件預金の元利合計金のうち、その一二分の一に相当する各金八七〇万三一〇七円及び内金八三九万三七八二円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、被控訴人野村證券に対し、預託金返還請求権に基づき、その一二分の一に相当する各金二六一万五一八三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。
五 被控訴人らの主張
1 被控訴人さくら銀行
控訴人らの本訴請求は、共同相続人間の遺産分割協議の成立又は相続人全員の同意に基づくものではない。したがって、被控訴人さくら銀行は右請求に応ずる義務はない。
2 被控訴人野村證券
(一) 照雄は、昭和六〇年一二月二五日ころ、被控訴人野村證券名古屋支店において、照雄名義の口座を開設し、その際、被控訴人野村證券との間で「野村の総合取引約款」に基づいて取引をすることを約した。右約款には、保護預り証券又は金銭の返還を請求するときは、被控訴人野村證券所定の証書等に必要事項を記入して、提出しなければならないと規定している。照雄は、右約款の定めに従う旨別段の意思表示をした。
(二) 被控訴人野村證券においては、口座名義人の死亡後、いまだ遺産分割協議が成立していないときは、相続人全員の署名・捺印がある書面(「相続に係る依頼書兼委任状」と題する書面)により、相続人全員による返還請求があったときにのみこれに応じることとし、各相続人が単独で返還請求をしたときはこれに応じないという手続をとっている。
(三) 照雄の相続人である控訴人らは右契約に拘束される。
(四) したがって、共同相続人間の遺産分割協議の成立又は相続人全員の同意に基づくものでなく、右所定の手続によらない本訴請求に対し、被控訴人野村證券は応ずることはできない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1、2について
(一) 相続人が数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号同二九年四月八日第一小法廷判決・民集八巻四号八一九頁、同昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁参照)。この理は、相続財産が被相続人の銀行(銀行法二条一項)に対する預金払戻請求権及び証券会社(証券取引法二条九項)に対する預託金返還請求権である場合であっても異ならない。なぜなら、民法八九八条は、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」旨明定しており、その共有の性質は同法二四九条以下に規定する共有と異ならず(前掲最高裁昭和三〇年五月三一日第三小法延判決参照)、かつ、金銭その他の可分債権については、遺産分割前であっても、同法四二七条の規定に照らし、各相続人が相続分の割合に応じて独立して右債権を取得するものと解するのが相当であるところ、右と同様の金銭債権である本件預金払戻請求権及び預託金返還請求権につき、これと別異に解すべき理由がないからである。また、このように解することが相続人らの公平と利益に合致するゆえんでもある。
(二) これに対し、被控訴人野村證券は、照雄が昭和六〇年一二月二五日ころ、同社の名古屋支店において照雄名義の口座を開設し、その際、被控訴人野村證券との間で「野村の総合取引約款」に基づいて取引をすることを約したこと、右約款には、保護預り証券又は金銭の返還を請求するときは、被控訴人野村證券所定の証書等に必要事項を記入して提出しなければならない旨の規定があり、被控訴人野村證券においては、口座名義人の死亡後、いまだ遺産分割協議が成立していないときは、相続人全員の署名・捺印のある書面により相続人全員による返還請求があったときにのみ右返還に応じる手続をとっていること、照雄の相続人である控訴人らは右約款に拘束されること、したがって、右所定の手続によらないで各相続人が単独で返還請求をする本訴請求は失当である旨主張する。
そこで、検討するに、証拠(乙一、二の1、2、三、四)及び弁論の全趣旨によれば、照雄が昭和六〇年一二月二五日ころ、被控訴人野村證券との間で「野村の総合取引約款」に基づいて取引をすることを合意したこと、同約款の第2章、18、(1)には、「保護預り証券または金銭の返還をご請求になるときは、当社所定の証書等に必要事項をご記入のうえ、お届出の印鑑に符合する印影を押捺してご提出ください。当社は、預り証が交付されている場合には、預り証と引換えにその保護預り証券を返還します。」と規定されていること、照雄の相続人ら間でいまだ遺産分割協議が成立せず、また、本訴請求につき相続人全員の署名・捺印のある所定の書面(乙三)が作成されていないこと、以上の事実が認められる。
しかしながら、照雄が、昭和六〇年一二月二五日ころ、被控訴人野村證券に対し、自己の死亡により相続が開始し、相続人らのうち一部の者が本件預託金につき、遺産分割協議の成立前又は相続人全員の同意なしに各人の相続分の割合に応じてその返還を訴求することを許さない旨別段の意思表示をしたことについては、右約款の規定のみではいまだこれを認めるに由なく、他に、右意思表示があったことを認めるに足りる証拠はない。乙四(陳述書)の記載も、被控訴人野村證券における預託金等の返還について通常の取扱例を述べるものにすぎず、右認定を左右するに足りない。
二 そうであるならば、被控訴人さくら銀行は、控訴人らに対し、本件預金の元利合計金の一二分の一の相続分に相当する各金八七〇万三一〇七円及び内金八三九万三七八二円に対する訴状送達の日の翌日である平成六年九月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、被控訴人野村證券は、控訴人らに対し、本件預託金の一二分の一の相続分に相当する各金二六一万五一八三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である右同日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を、各支払う義務があることになる。
第四 結論
以上のとおり、控訴人らの本訴請求は正当として認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であって本件控訴は理由がある。よって、原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 河野信夫 裁判官 山本博)
別紙<省略>